だいさくの日記 Daisaku's diary

英語、筋トレ、Netflix、モノ、などなど

教師が常識から外れてしまう主な理由3つ

小学校の先生は「汗とおしっこは全く同じだ」と言っていた。

僕の中3の時の担任は学校のお金を横領して懲戒免職になった。

理科の先生は生徒にセクハラをして問題になった。
社会の先生は廊下で生徒を注意する時、授業中の他のクラスの教室のドアを強く殴った。

高校の先生は9月の寒い日にセーターを着て行った生徒を「校則で定められているセーターを着る時期ではない」という理由でその生徒を学校に入れなかった。

今思うと学校や学校の先生というのは社会の常識から外れた存在であった。

僕も小学生〜高校生くらいに違和感は感じていた。

でも「これが大人なのか」ということで自分を納得させていた

社会人経験を7年間経てこれだけは言える「教師で社会的な常識を持つ人はほとんどいない」と。
なぜ非常識になってしまうのだろうか?

その理由を考えてみた。

1)大学卒業後にいきなり「先生」と呼ばれる

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一般企業に就職した人は、大学を卒業し社会人1年目の自分を思い出して欲しい。
ビジネスのいろはもわからず、電話の取り方もわからず何もかもが初めてだったはずだ。

研修でビジネスマナーの基本を学び、部署に配属された後現場でやり方を学んだはずだ。先輩や上司からは間違いを指摘され、その都度悔しい思いをしながら成長したのではないだろうか。

一方は教師はどうだろうか?

1年目からいきなり「先生」と呼ばれる。

誰からも先生と呼ばれ、生徒からも「先生、先生」とある種リスペクトを持って接せられる。その人の人格や能力は問題ではない。教師だからというだけで尊敬を集められる。

このような状況で教師になった人はどういう心境になるだろうか?大抵は調子に乗り傲慢になり自分が最も正しいのだと勘違いをしてしまう。I am the greatest human。

ただ、その勘違いを是正してくれる上司は先生にはいるのだろうか?残念ながらいない。

教室というある種の密室空間で教師は誰からの監視もなく一人で仕事をすることができる。たとえ授業の進め方や発言の誤りがあってもフィードバックをしてくれる人はいない

生徒が間違いを指摘しても「俺は教師だ」と言って聞く耳すら持たないだろう。むしろ反論する余地すら持たせない圧力をかけるだろう。

「俺が100パーセント正しい」。ほとんどすべての先生はこういう心境になっている。
さながら幽遊白書のとぐろ100%状態である。

教師=とぐろ100%

2)10代の生徒という圧倒的な年下と過ごす時間がほとんど

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先生はほとんどの時間を生徒と過ごす。すなわち同世代以上の人材とコミュニケーションを取る機会が圧倒的に少ない

中学生や高校生なら10歳〜7歳くらいは年が離れているだろう。10代でも能力の高い人はいるが経験の差でその差も教師は埋めることができる。

自分よりも圧倒的な優秀な人や顧客と接する機会が圧倒的に少ない。そこで教師は勘違いをする。「俺がナンバーワン」だと。

さながら、地球に降り立ったベジータの心境である。まさに敵なし

教師=ベジータ

3)資本主義の常識(=世間)と隔絶された閉鎖された空間

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教師は資本主義の常識というものを感じたり考えたりする機会が少ない。資本主義の常識とは「価値を提供して対価をもらう」ということである。

これは大企業のサラリーマンにも言えることだろうが、教師のその意識たれば大企業サラリーマンの100分の1以下だろう

とにかく、価値を提供する、という意識は学校の先生では育まれることは困難だろう。

国の定めだ指導要領に反って、教科書に書いてあることをただただ話していれば自動的にお金をもらうことができるのだ。生徒のことなどみじんも考えていないだろう。

先生が考えていることはただ一つ、とにかくマニュアル道理に授業を進めることなのだ。

教師=大企業サラリーマン/100


いままで話を統合すると以下の式が成り立つ

教師=ベジータ=とぐろ100%=大企業サラリーマン/100

さらに式を変換する。

教師=ベジータ - とぐろ100% - 大企業サラリーマン/100

100教師=100(ベジータ - とぐろ100%)- 大企業サラリーマン

ベジータからとぐろ100%を引くとどうなるだろうか。ナッパになる

ベジータ - とぐろ100%にナッパを代入する。

100教師 =100ナッパ - 大企業サラリーマン

つまり100人の教師がいた場合、100人のナッパから大企業サラリーマンを引いた状態と同じである。

それはつまり、チャオズが背中で自爆した後のナッパである。

よくわからないが一つだけ言えることは、教師に世間の常識は通用しないということだ


まとめ

今までの人生の中で良い教師というのは何人かはいた。

しかし残念ながら今まで出会った95%くらいの先生は非常識なただのやばいやつだった。

教師は今厳しい立場に置かれている。

インターネットの発達により学校の非常識の校則、教師の常識ない行動は即刻シェアされ教師の独壇場は狭まる。

今の時代、知識はインターネット調べればすぐに手に入れることができる。

スタディーアプリなどのテクノロジーの発達で、高品質な授業をいつでもどこでも安価に受けることができるようになった。

もはや、教室でマニュアル通りの教科書に書いてあることを教えているだけでは教師の価値はなくなってしまう。

教師という存在が不要になり、教師が行き場を無くした時、そこにはプライドだけの高い常識を持たない失業者で溢れかえることだろう。


私の提言

・教師の成績表を生徒でつくるシステムをつくり、教師の給与に反映させよ
・教師になる資格は、社会人経験3年以上のやつだけに与えろ